2月に入り、東京では梅がそちこちで満開っ。

・・・そんな折、織田木瓜紋会で行われている催し、「江戸古地図Petit(プチ、と読む)散歩 ちょっと織田家」に参加をして来ました~っ。 (^_^)v

こちらの会は、知らない人はいない戦国武将織田信長の子孫に当たる方が主催をされています。
毎回、場所は違うんだそうですが、この日は東京は文京区の白山から、駒込の辺りまでをぶらり、ぶらりと歩いて来ました。

・・・実は、はわゆサン。
実家の会社が、以前は文京区にあったので、かの土地に馴染みはあるものの。
白山から先は、知らない土地でもあったので、とっても楽しみにしておりました。 (^_^)/

昨年より、こういった催しに参加をするようになっていた・・・はわゆサン★

今まではとにかく、立ち廻りの技術ばかりに気を取られていましたが、時代劇とワクを広げて今少し、自分の仕事の理解の度合いを深めたい。。。

・・・そんな事を思うようになって、すでに始めていた「ねんきら」ですが。
一昨年くらい前になりますか、「戦国武将の末裔の方が催されている会」が幾つかあるのを、知りました。

気に入ったモノに参加をする内、今や武将はもちろん、その家臣の方の末裔や、平家や源氏までもが入り乱れ★

・・・何だか周辺がいきなり、賑わってきた感もございます。
またそういった方とお話をしていても、師匠の仕事の助手も長らく務めて来たので何か、どんな方でも、時代でも、何となく繋がっちゃう処はあります。 (^▽^;)

はてさて。

今回は名物(?)白山神社に始まって。
最乗寺、龍光寺、天栄寺、高林寺、目赤不動(南谷寺)、吉祥寺、天祖神社、駒込名主屋敷と来て富士神社、六義園(りくぎえん)を巡りました。

・・・今回のお散歩での収穫は、目黒不動がある事は知っていましたが、東京には他に、目赤、目黄、目青、目白と5箇所に、お不動さんがあることと。
そして文京区の辺りは、もとは「将軍家のお狩り場」であった事を知った事でしょうか。

これからの時期、はわゆサン的にオススメなのは、枝垂れ桜が楽しみな吉祥寺に天祖神社、六義園の辺り。
ぜひ、その時期になったらまた、足を運んでみたいと思っております。 (‐^▽^‐)

はてさて、そんな・・・はわゆサンですが★

昨今は、「軍師・官兵衛」として大河ドラマにもなった、黒田官兵衛のご子孫の流れの方の会に、よく参加をしています。
・・・書道をしてみたり、歴史勉強会に参加をしてみたり、「教養講座」にも、足を運んでみました。

さて、その講座のテーマなんですが。
「能」の他に、日本の文学は「古事記~平安」「鎌倉~江戸時代」と、2コース。
「和歌」に「仏像と仏教」などなど、多彩です。
先日は、「イスラム・キリスト・仏教講座」の他に、頑張って「漢字講座」も受けてきました。
・・・お習字を始めたせいでか、はわゆサン★
最近、文字の方にも少し、興味が沸いてきたみたいです。

ちなみに、こちらの講座は1枠、2時間で3千円のコースです。
お習字は、始業前のオフィスをお借りしてるので、朝の7時半から9時までという時間帯ではありますが、筆ペンでも参加が出来ますし、受講料も千円という、楽しい会です。

他にも色々と種類があるみたいですが、どなたでも参加が出来るみたいなので、ご興味がある方は、ご紹介申しあげまするです☆ (^_^)/

はてさて、そのお習字についてなんですが★

昨年の夏の写経に始まって。
月に1回こっきりなので、何とな~く続いているお習字なんですが、2月までは中国の碑の文字を参考に書き進めて参りました。

中国には、「書を専門にする役人」がいたそうです。
・・・ところが、「文字が美しく見える」のとは裏腹に、書かれている内容というのが、これまた驚き(!)
「私は、これだけの偉業を成し遂げてきたんだぜ、えっへん!」的な内容であるのが、多いらしく・・・。
なので、こういった「書の紹介文」では、書の出来映えについての記述はあっても、内容にはあんまり触れていないモノが多いというから、驚きです。 (^_^;)

そう聞いてしまうと・・・はわゆサン★

お習字をしていると何だか、「文面から、ドヤ顔がにじみ出ている」ような気もして来たりで、ちょっとおかしくなって来たりして★ (^▽^;)

そんな・・・書家の操る、漢字についてなんですが。
実は中国では、文字というモノには尊厳があり特権階級の人にしか扱えなかった時代が、大変に長いんだそう(!)

1911~2年の辛亥革命より前の時代は、かの地では85%の方が文盲だったんだとか。 ( ̄_ ̄ i)
・・・何となく、はわゆサン★
中国の方は全員、漢字に堪能な感じが(勝手に★)していたので、これにはホントに驚きました(!)

・・・彼らからすれば、それまでは全く馴染みのなかった漢字達が、いきなり町に溢れてやって来る訳です。
いやはや、難しいわ、読めないわ。
町の民の混乱が、手をこまねく様子が、目に浮かぶようでございます。。。

・・・という事で。

中国では、「漢字を簡略する為に、どんな文字なら良いかを、民から公募(!)」
・・・かような訳で、もはや、
「えっ!? これ、もとはこんな字だったのっ!?」
というくらい、原型すら残らない、記号のような文字がどんどんと、あの広い中国に広まり返ってしかも、今も増殖を続けているんですって、へ~え。 (‘_’)

資料で、次々と例を挙げて下さるのですが、ホントに「これでいいのかっ?」と頭を捻りたくなるような変化が多く見受けられます。
とにかく、「画数が増えると、難しい★」から、10画以内に納めるようにしているのだとか。

・・・は~あ。
この、公募というのが良くないのでしょうか。
旅先でよく、はわゆ兄が、レンタカーなどを運転しながら、
「この地名は元来、A市とB市とが合併して出来たんだけど、その前って公募で決まる(!)せいか、とにかくひどいんだよ・・・。 何でもカンタンにして、平仮名にしてしまえばいいのかっ!?」 (>_<)
・・・などと、憤慨していたのを思い出す・・・はわゆサンです★

・・・そんなこんなで漢字の歴史、レクチャーは続きます。

中国という国は、とにかく歴史が古い事だけは判ります。
・・・ねんきらHP「人参エッセイ」でも紹介をしてますが、その長すぎる歴史の中で・・・。

一口に中国とはいっても、とっても広い国ですから(!)
・・・かの地では、たくさんの国が興っては滅亡、興っては滅亡を繰り返し★
日本はその歴史の中で、とある国と交易をしては、その国が滅亡するとまた、別の国へと乗り換えて・・・というように、その時々で、親交をしていた国の漢字と巡り合い、親しむを繰り返して来ました。

・・・そういえば、同じ漢字なのに「音読み」と「訓読み」で読み方が全然、違いますよね。
音読みが、中国での読み方で。
その文字に、日本古来の呼び方を当てはめていったのが、訓読みであるとか。

中国はとにかく広く、歴史も古く。

その各地と親交をしてきた日本ですが、何しろ広い土地柄なので、その時々の時代や場所で、「漢字の意味や、読み方」までも、違っているとか。

例えば、「行」という文字がありますよね。
これを呉(222~280年頃)の時代に伝わって来た折には、「ぎょう」と読み。
漢(25~220年頃)の時代なら、「こう」。
宋(唐)(960~1279年頃)でなら「あん」と読んでいたそうで、それぞれ、行列・行動・行灯(あんどん)といった例が、紹介をされていました。

とにかく、例を挙げればキリがないそうなんですが。
かの人参エッセイでも、同じ人参を渡ってきた年代では、日本ではそれを「朝鮮人参」と称してみたり、はたまた「高麗(・・・という国が、かつてあったので★)人参」と呼んでいたりと、あったようです。

ところで、「ねんきらレシピ」を更新する折なんですが。

・・・よく、「材料名」で漢字を使うか、平仮名やカタカナ書きにするのか、迷うことがあります。 (^^ゞ
ネットでのご紹介なので、扱う漢字、文字にも「判りやすさと、読みやすさ」を心掛けて更新をしているのですが、今丁度「レシピ検索の改善を試みて」もいるので。
・・・しみじみ、たくさんのレシピと向き合っているのですが、こうしてみるとホントに、魚や野菜、貝の名前にも、こんなに漢字があったとは★

モノの形をかたどった象形文字から来ていたり、はたまた当て字であったり、ほんとに様々。

・・・そういえば、貝類についてなんですが。
何故かなのに、「虫」という文字で表す事が多いですよね。 (゜_゜ )
浅蜊(あさり)、蛤(はまぐり)、蜆(しじみ)なんか、親しみやすい処なのですが★

日本が、かの地と貿易を始めた走りが、弥生時代と聞きました。

・・・日本ではまだ、ようやく稲作が始まった処で、邪馬台国の卑弥呼が・・・とか。
中国では、多層建築も始まっているのに、日本はそんなご時世です。
・・・そんな頃ですから、脳ももちろん、そんなに発達をしてはいなかったでしょう。
ケモノトリサカナ以外「総て、虫」と捕らえていたようです。。。

ものすご~く大ざっぱな感じも致しますが、「ねんきら」でたくさんの食材の歴史を紐解いて来ていたので、なんとなく腑に落ちた感じが致しました。 (^_^)/

この教養講座は、講師の方が「教養は楽しいし、自分自身を豊かにするから」と信念を持ってされているんですが、はわゆサン自身も「文化だけが、人の心を幸せにする」と信じて止みません。
まだ今しばらく、この講座に通ってみる事になりそうです。